日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

世界の創造の哲学である、中世神学的歴史観と近世以降の人間的歴史観

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前回のお話

世界を変えることと解釈することの違い 〜哲学者の仕事は世界を解釈することから変化させることへ - 日々是〆〆吟味

 

中世における神による世界創造と歴史と、近世以降の人間による歴史への転換

神の歴史から人間の歴史へ

ヘーゲルの哲学は普通カントから出発したドイツ観念論の完成者としてみなされます。観念論、というところがポイントかもしれませんね。つまり世界は人間の観念によって創られてきたわけです。ここにきて中世神学にあった神の立場が人間に引き下げられていることにもなります。キリスト教では天地創造は神の御業だったわけですが、それが人間の手によって世界は創られてきたことになってしまいました。人間も偉くなったものです。

 

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そしてそうした人間による世界創造はどこでなされてきたのか、というと、歴史によって創られてきた、というのがヘーゲル先生の考え方になっているといえるかもしれません(自信ない。違うかも…)。そしてヘーゲル先生は歴史自体も哲学しました。そいでもって観念論の大家ですので、その歴史というものも観念論的なものになります。

 

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歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)

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歴史哲学講義〈下〉 (岩波文庫)

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(両方読んで歴史観の違いとか考えてみると面白いかもしれません。多分現代ではどちらもちゃんとした歴史とみなされないかもしれませんが、歴史に対する考え方のひとつとしては自然と入り込んでくるかもしれないので、読んでも別に損はないかもしれません)

どういうものかというと、人類の歴史は理念の闘争だ、というものです(なんか前にも書いたかも…)。

 

理念の闘争としての歴史

理念の闘争なんていってもよくわかりませんね。それは時代時代に自分たちのことを現す理念のようなものがある、とまず見なすわけです。たとえばギリシアにはギリシアの精神があり、ローマにはローマの精神があるわけです。これをそれぞれの時代において現れた精神が戦っていって勝ったものが残されて続いていったわけですね(多分)。そして今日現在(当時)ヨーロッパ精神こそが世界を席巻するに至り、かつそのヨーロッパ精神の体現は我が哲学(=ヘーゲル哲学)である、というわけで、ヘーゲル的な歴史はヘーゲル自身によって終わり閉じられる、という凄い歴史哲学を築きました(ただ私の説明はいつも通り間違っているかもしれませんから、よければちゃんとヘーゲル先生の本読んでみてくださいね)。

 

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頂点の時代、ヨーロッパ

これはちょっと無茶苦茶なように思いますが、困ったことに科学も民主主義も資本主義もみんなヨーロッパ産のものであることには間違いありません。もしかしたら他の地域でも生まれたかもしれませんが、事実として産んだのはヨーロッパであることには違いないわけです。そのためヘーゲルの歴史哲学を無茶苦茶なものだと思っても、事実の方が、もしかしたらそうかも、などと思わせたりもしたりするのでした。

 

でもやっぱり無茶苦茶であることには違いない、というか、ヨーロッパ中心主義であると言えるかもしれません。なので、これに反旗を翻したのもマルクスだったりするのでした。

 

次回のお話

唯物史観の意味とはわかりやすく言えば、生活を基盤とした歴史観 〜経済(食べるために生産すること)は政治や文化に先立つ土台 - 日々是〆〆吟味

 

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お話その300(No.0300)