日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

近代的現象としての大衆と人間の社会と精神 〜フロイトによる幼児期の影響とデュルケームのアノミーから考えてみる大衆

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前回のお話

大衆と庶民の違い 〜共同体をひくか、根無し草の都市民か、の普通の人々 - 日々是〆〆吟味

 

大衆と人間の精神と社会

庶民と大衆というものをとりあえず分けてみました。もしかしたら間違っているかもしれませんが、一応前回みたいにここでは考えておきましょうね。庶民は一定した生活様式の中におさまる暮らしをしている人たちで、大衆は生産様式の変化によって歴史的に現れてきた人たち、とでもしておきましょう。

 

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近代的現象としての大衆

大衆が歴史的現象であれば、それは比較的最近のことです。太古の昔から大衆というものは存在していたわけではなく、近代に入ってから生まれたわけですね。どうして大衆が生まれたかといえば土地から生産へと富の源泉が変わり人々が生産地/都市へと移動したからですが、しかしなぜそんなことが大きな問題になるのでしょうか。別に移動したからといって大きな問題が起こるようにも思えませんよね。

 

どうもこれが人間の精神の在り方に大きく関わってくるような問題のようです。

 

人間の精神と社会

というのも以前書いたかもしれませんが、人間の精神は生まれた環境で得た価値観にかなり縛られて生きているようです。フロイトは精神病の原因として幼児期(と性)を重視しましたが、そこで得た体験が無意識となってその人の意識を見えない形で支配している、と考えたのだと思います(でも私にはフロイトの考えはわかりそうでよくわかりませんので、間違ってるかもしれません)。

 

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そしてデュルケームは社会学の観点で一致した価値観から引き剥がされたらどうなるかを考えました。以前もデュルケームの集合表象という考え方について書いたりもしましたが、極端に詰めていえば社会にあるとみなされる価値観や社会通念みたいなもんだとここでは思っておきましょう(それだけで考えたらきっと間違いだろうけど)。そして人間の精神はこうした集合表象からいろんなもんを受け取って形作られているんだ、とでもいうものでした。

 

デュルケームの集合表象 〜未開部族の宗教から - 日々是〆〆吟味

 

人間の認識の根源としての社会 〜集合表象っていいます - 日々是〆〆吟味

 

そしてデュルケームはこうした集合表象との一致が失われた人の状態をアノミーと呼びました。本来集合表象から与えられている社会規範が、集合表象とその人との間で一致しなくなったから規範自体が失われて無規範/無秩序な状態に置かれてしまっている、とでも言えそうなもんです(ちゃんと説明するとこの通りにはならないかもしれません。ので下に本載せておきますね)。

 

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フロイトやデュルケームから考えててみる大衆

こうしたデュルケームの考え方を大衆というものに応用してみますと、今まで歴史的に共同体に暮らしてきた大多数の人間が、その共同体から引き剥がされて都市に暮らすことによってアノミー化した。しかしフロイトの観点の通りで生まれ環境(共同体)の価値観に縛られているとしたら、新たな都市での新たな価値観の形成は大変困難である(既に無自覚なうちに形成された無意識と、新しく与えられる価値観との間に一致を見出すことが難しい)。そのため大衆は規範的な生き方をするためには最初から問題がある、とでもなるでしょうか。

 

じゃあ、最初から都市で生まれた大変はどうなるんでしょうね。次にそれを考えてみたいと思います。

 

次回のお話

都市と大衆とメディアと集合表象 〜大衆社会の問題の前置き - 日々是〆〆吟味

 

気になったら読んで欲しい本

フロイト『精神分析学入門』 

フロイトの本。フロイト先生自身の手による精神分析の概説書なのでとってもお得。フロイトの精神分析について大概のことはこの本にあるかもしれませんね。面白いんですけど結構忘れてしまいました。

 

デュルケーム『宗教生活の原初形態』 

デュルケームの本。フロイトが中公文庫なのでデュルケームはちくま学芸文庫にしてみました。なんかもう品切れのようで高くなっています。せっかく新しく出たのに残念ですね。

集合表象についてはこの本に出ていると思います。

デュルケーム『分類の未開形態』 

しかし人間の精神も集合表象(もしくは社会?)から与えられている、という考え方はこの本に載っていたかと思います。私はこれより前の翻訳で読みましたが、そちらはあまり訳がよくない様子で、この本の解説でも少し触れられていました。集合表象と人間の精神の関係を知りたいならこれらのデュルケームの本を手に取るのがいいかと思います。

デュルケーム『自殺論』 

そしてそうした集合表象との一致が失われたらどうなるか、ということをデュルケームはこの本の中で書きました。面白いのはそうした考えを持って自殺について書いたのではなく、当時のフランスにおける自殺の統計から社会学的にそうした考え方を導き出したのです。つまり概念先行ではないわけですね。その上でアノミーという考え方を出し、無規範な人間の姿を取り出しました。その結果のひとつが自殺というわけですね。

デュルケーム『社会分業論』 

で、デュルケームはこの本でアノミーの対策を考えました。すなわち社会的な役割を分業して、それぞれの人間関係が孤立化しないように密接にしよう、というわけです。アノミーは具体的な人間関係を失い孤立化したところに現れるからですね。こう考えると今の世の中がかなりデュルケームの考察した範囲内で理解できるような気がするのは私だけでしょうか。

デュルケームはこれらを読めば大体概略がわかるかと思いますし、現代社会において起こる三面記事的な出来事もほとんど解釈出来るような気がします。

オルテガ『大衆の反逆』 

そして大衆という考え方を最初に規定した本。この本の内容とフロイトやデュルケームの考えを比べて読んでみるととても参考になる気がします。
ちなみに、大衆って民主主義における多数者の専制や暴虐が問題になったから生まれてきた概念では、とブックマークでコメントいただきましたが、そうした政治的な側面だけではない様子がこの本に書いてあるかと思います。基本的には政治的に捉えていいかと思いますが、それだけではすまない様々な面があるようです。この本は大衆論の出発点の本なんですね。

 

次回の内容

都市と大衆とメディアと集合表象 〜大衆社会の問題の前置き - 日々是〆〆吟味

前回の内容

大衆と庶民の違い 〜共同体をひくか、根無し草の都市民か、の普通の人々 - 日々是〆〆吟味

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お話その153(No.0153)