日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

日本の取り入れと中国の拒絶 〜中国はあまりに偉大だったから衰退した?

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手塚治虫とアニメの関係をお話ししていたのですが、どんどん話がズレていってしまいました。いつのまにか富野由悠季の話にまでなってしまって…え〜と、なんだったっけな。そうそう、もとは日本の文化の話をしていたんでしたっけ。

 

アニメや漫画が日本文化化したのは、過去の日本文化からアニメや漫画を説明し、意味づけていったからだ、とは前に少し書きました。しかし考えてみればおかしな話です。手塚治虫はディズニーに憧れて漫画を描きましたが、そもそもアニメはディズニーによって世界的に培われたといっても過言ではないでしょうから、アメリカのものなのです。それがなぜ日本文化の代表選手のように扱われるようになったのでしょうか。

 

その説明をしようとしていたのでした。

 

1つ目は今も述べたように日本文化を使ってアニメや漫画を説明したからですね。

文化の自己言及化と商品性 〜日本アニメの場合 - 日々是〆〆吟味

2つ目はたしかにアメリカのアニメから出発した日本のアニメと漫画ですが、それが日本に取り入れられると様々な事情で変わってしまいました。本来ならよく動くものがアニメーションの基礎なのに、動かずにすますような変なアニメになってしまいました。そしてそれは手塚治虫が日本でアニメーション産業をやろうとした時に生じた歪みで、たまたまそうなったのが残ってしまったのでしたね。

手塚治虫と日本のアニメとその体制 〜人も金も機材もない工夫 - 日々是〆〆吟味

3つ目として、そもそもこうして外国から入ってきたものを自分たち流に変えてしまうことが日本の文化の在り方だ、ということも言えます。漢字やパンが入ってきてひらがなやあんパンにしてしまうのが日本の文化の特徴だと考えられました。だからアニメや漫画もまた、同じように自分たち流に変えて日本流のもの(日本文化)にしてしまったわけですね。

自己流とちゃんぽん 〜日本文化のひとつの形 - 日々是〆〆吟味

 

そんなわけで日本が外国から取り入れたものを自家薬籠中にしてしまう現代的な例としてアニメを取り上げていたのでした。好きな手塚治虫の話になってしまいましたので、随分脱線してしまいましたね。富野由悠季まで書いてしまいました。

 

ここから考えてみますと、なぜ中国のコピー商品がどうにも今イチ…に見えてしまうのか理解できそうな気もしてきます。

 

日本は中国という大国の隣に建国以来ずっといました。言葉(漢字)も文化(仏教、儒教)も思想(左に同じ)もみな中国経由です。仏教はインド原産ですが、日本に来る頃には中国を経由し中国化している仏教を取り入れてます。そして仏教でも儒教でも生半可な代物ではありません。古代より続く大文化圏の中心であったインドや中国だから成し遂げた成果なのです。大陸の端っこにくっついているだけのような島国の日本では到底成し遂げることが出来ません。ですからどうしても大国で生まれたものを取り入れるしかありませんでした。代わりに取り入れ、自分たちのものにするのは、おそらく世界一上手くなったのだと思います。

一方中国は大国です。大国ですみません。歴史的超大国です。アメリカみたいな立場を4000年維持してきたのです。端的に国として化け物です。中国の歴史と文化に比べればヨーロッパなんてこわっぱみたいなものです。ヨーロッパはローマ帝国が存在し、大帝国でしたが分裂して現在の諸国家にわかれました。戦後になってまとまろうと努力していますが、中国はずっと中国のままです。ですから中国からすれば格下に見えてしまうのは仕方ありません。

 

しかし、その中国が近代化では負けてしまいました。どこで読んだのか忘れましたが、こんな逸話があるそうです。

 

昔々、ヨーロッパから中国へと使者がやってきた時、ヨーロッパ側はいかに自分たちの文化が優れているかを中国の皇帝に説明したといいます。皇帝は真摯に耳を傾けていましたが、すべて聞き終えてから言いました。

 

うむ、そなたらの言うことはわかった。そなたらの言う神や科学も素晴らしい。しかし中国には必要ない。中国にはすべてある。

 

つまり、中国はあまりに偉大であるために、ヨーロッパの文化を理解しながらも必要ないと拒絶してしまったのです。その結果近代化は日本にも遅れ、決定的な歴史的な敗北を喫してしまいました。あまつさえ自国文化の輸出国とでも言えるような日本に支配されてしまったのです。中国人のプライドはずたずたです。今日まで怒っています。

ただ、怒っているのは劣っていると思っていた日本に支配されたからではなく、日本が中国化しなかったからだといいます。中国は多民族国家ですから、支配者となる民族は各王朝ごとに違います。チンギス・ハーンはモンゴル人ですからね。しかし、どんな支配者になっても必ず既に存在していた中国のやり方に従って統治するそうです。理由は簡単ですね。それがもっとも優れていて進んでいる方法だからです。ですから中国人は支配者は誰でもいいのだけれど、支配者が中国化しないことに怒るそうです。すなわち文化こそが中国である、というわけですね。そして日本は中国式にやりませんでした。だから怒っているのだといいます。でも日本の統治は短かったですからね。もし長く統治していたら、やっぱり中国化していたかもしれません。

 

この話はどこで読んだのか覚えていませんので少し怪しいと思っていてください。しばらく前週刊誌で同じことを書いていた方がいましたが、随分右寄りの書き方でしたのであまり信用できませんでした。う〜ん、どこで読んだんだったかなぁ…

 

話がまたズレましたが、このように中国は正真正銘に偉大なので、よそのものなんて取り入れる必要がないのでした。ですから今ある日本のものを取り入れようとしても、真似など出来ないのです。なぜなら真似てきた経験が歴史的にないからですね。それだけでなく中国の蓄積は膨大ですから、新しく入ってきたものをどうやって今までのものと擦り合わせるかも大変なのです。それに比べると日本は元々そんな立派なものはないので優れたものを見るとすぐに飛びつけますし、またずっと真似てきたので取り入れるのもべらぼうに上手いのでした。そのためアメリカのアニメーションを取り入れて日本のアニメや漫画にしてしまいましたが、中国は日本のフィギュアを真似ても不細工なのです。しかし、そのうち中国も学んで中国化し上手くなるでしょう。映画ではそうなりましたからね。

 

話が長くなってしまいました。久しぶりに違うことを書いて疲れました。多少は整理がついたかとも思いますので、この辺で終わりにしますね。

 

参考となる本
おどろきの中国 (講談社現代新書)

おどろきの中国 (講談社現代新書)

 

昔ベストセラーになった『不思議なキリスト教』の続編とでも言える本。中国編ですね。ただ私はまだ読んでいません。ですが著者は名うての社会学者3人ですから、安心して読めばいいのではないでしょうか。

ちなみに社会学者といっても古市憲寿くんみたいなものだと思ってはいけませんよ。古市くんの師匠は小熊英二ですが、小熊英二はもともとこの本の著者の一人である宮台真司の担当編集者ですからね。師匠の付き人の弟子くらいが古市くんの位置づけになるかもしれません。

また橋爪大三郎と宮台真司は小室直樹という師匠のもとで学んだ兄弟弟子です。そして大澤真幸と宮台真司は東大大学院時代の先輩後輩になります。院生時代から有名で、東大社会学部に大澤と宮台あり、と言われたそうです。景気のいい話ですね。

げんきな日本論 (講談社現代新書)

げんきな日本論 (講談社現代新書)

 

同じコンビでの日本編。これまた読んでません。持ってるんですけどね。このシリーズ通読しておけば、ちょっとした社会比較史が頭の中に入るかもしれませんね。きっと元ネタはウェーバーだと思うんですけど、あんなもん読んでられませんからね。

一応載せておきましょうか。

儒教と道教 (名著翻訳叢書)

儒教と道教 (名著翻訳叢書)

 

独立した中国論ですが、大著『宗教社会学論集』内の一部で、世界宗教の経済倫理と題された本論の一部でもあります。

ウェーバーといえば『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』ですが、これは『宗教社会学論集』の冒頭論文とでも言えるもので、この中で描いた理論的スケッチを具体的に検証していったものの中国版がこの本になります。ウェーバーは近代資本主義がなぜヨーロッパにしか生まれなかったのかを問うて、背景となる社会的な意識に焦点を当てました。そしてヨーロッパでもカルヴァン派のプロテスタントによって近代資本主義が担われたと判断したのですが、それが本当かどうか確かめるために中国で儒教と道教、インドでヒンドゥー教と仏教、ヨーロッパでは古代ユダヤ教、原始キリスト教、カトリック、イスラームと走破する凄まじい計画を立てていたのですが、あまりに凄まじい計画でしたので成し遂げることなく早く亡くなってしまいました。しかし古代ユダヤ教まではやり遂げていて、すべて翻訳があります。

こんなこと書いてるとまた長くなります。ここで終わり。

 

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