日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

言葉のジャンルの違い 〜小説、エッセイ、評論、論文…どこがどう違うんだろうか…(付 :小谷野敦『評論家入門』/マルサス『人口論』)

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さて、別段小説の話がしたかったわけではないのですが、言葉がなにを表すのか、という問題からややこしく迷い込んでしまいました。

とりあえず小説が時間的芸術で言葉もまた前から後、前から後、と時間と同じように進んでいくということだけ今日はわかったことにしておきましょう。

 

しかし小説は芸術です。どんな芸術だ、と言われたら時間的芸術というだけでは足りずなんと言っていいかわからず困ってしまいます。たしか東大総長も勤めた文芸評論家兼映画評論家の蓮實重彦は、小説とはなんであるか、という定義をすべて裏切るものこそが小説だ、と述べていたことがあります。とりあえずなんでもありなんだとは言えそうですが、一応他のジャンルとは線引きくらいはあるでしょう。

 

たとえばこうして書いてある文章はブログですが、文芸ジャンルとしてはエッセイになるのではないでしょうか。また蓮實重彦は小説も書きましたし三島賞も獲ったりもしましたが、主な肩書きは批評家で、となると同じ人が書いていても小説と評論の区別は出てくるわけですね。さらに評論と論文というわけかたもあります。まぁ評論も論文かもしれませんが、しかし学者のエッセイを読んでいますと評論と学問は違うとはっきり線引きします。となると私にはよくわからなくてもどこかに違いがあるのでしょう。

 

しかし大きく分けるなら、書き手が自分の立場から直接に書く文章のジャンルと、書き手が自由に創作するジャンルとにわかれるような気がします。エッセイでも評論でも論文でも、書き手ははっきりした誰かの観点によって書かれています。創作は書き手ははっきりしていますが、その中身は自由で視点人物が変わってもいいですし、なにも書き手の言いたいことを表現する必要もありません。ただ読者を楽しませるために書いても怒られはしませんが、論文でそんなことすれば村八分になる可能性もありそうです。逆に創作で政治的立場の表明を綿々と書き連ねれば、こちらはこちらで村八分にされそうです。ですが評論であればむしろ無い方が批判されるかもしれません。

 

そして創作は視点が作中において色々と変わってもいいので、登場人物の周りの世界も表現されます。そこから描写が生まれるのでしょうが、エッセイや評論、論文はそんなものありません。となると小説で理解したような言葉の時間的関係が必要なくなります。別に空間的存在を言葉にする必要はないので、無理に並べなおすことなど起きないのです。

 

では創作(もしくは小説)ではない文章は一体どのような規則で並べられているのでしょうか。前から後、前から後、の時間的関係は言葉や文章であれば必ず生じてきそうですが、それがエッセイや評論、論文などのジャンルではどのように時間と関わりがあるのでしょうか。もしくはないのでしょうか。

 

う〜ん、考えてわかるかなぁ。ちょっと自信ないですが、また明日から考えてみましょう。

 

参考となる本
評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に (平凡社新書)

評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に (平凡社新書)

 

評論と学問の違いを説明されているのですが、なんとなくはわかるのですがそうはっきりはしません。多分両方のジャンルをたくさん読んで、自分でも書き比べると腑に落ちるのかもしれませんが、そんな真似出来る人はほんの少しと思いますので結局すっきりしないかもしれません。

ただ著者なりに有名評論採点リストなんて作ってくれていますので、そこからヒントを得ることも出来るかもしれませんね。

人口の原理 (岩波文庫 白 107-1)

人口の原理 (岩波文庫 白 107-1)

 
人口論 (世界大思想全集)

人口論 (世界大思想全集)

 

評論と学問(論文)の違いとしていい対比になるのではないかと思うのがこの二つです。

これは同じ本なのですが上は初版で、下は最後の第6版になります。しかしこれが全然違うものになっています。初版は内容の要旨のみを簡潔に述べていて、実にわかりやすく読みやすいです。しかし6版は初版から30年近くたっており内容は5倍、自らの論旨を補強すべく様々な文献から膨大な引用と参照を添え生半では読めない代物となっています。そのためなのか、初版の翻訳は色々あるのですが、6版は戦前に出たこれと中央大学出版部から85年に出たものしかないようです。一応私の読んだものを載せておきますが、初版は好きに選べばいいかと思います。6版は、図書館で探してください。値段が高すぎます。まだ春秋社の方が安いんだもんなぁ。

ただ同じ本で内容も同じなのにあまりに違って見え、そしてこの違いこそ評論と学問の違いなのではないか、とも思えてきます。興味のある方は参考になるかもしれません。つまり自説を述べるだけでは評論やエッセイにしかならず、それを学問として厳密化するためにはあらゆる文献から批判検討して逐一検証しなくてはならない、という違いなのではないでしょうか。学者や研究者なら当たり前なのかもしれませんが、門外漢にはよくわからないので、それは学問ではない、みたいに書かれているのを読みますと困ってしまいます。どう違うのか書いといて欲しいなぁ。

一応中央大学出版部のものも載せておくことにします。値段でも見て嫌になってください。

人口の原理―人口論名著選集1 (1985年)

人口の原理―人口論名著選集1 (1985年)

 

 

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