日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

状況で決まるだけで正しくなるのか 〜カナヅチの正しい使い方?

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となると、カナヅチの使い方というものは基本的になんでもありということになってしまいます。状況によって使われ方が決まるのであれば(状況Sによって物Xは◯として意味づけられる)、状況さえゆるせばどんな使い方をしてもかまわないからです(◯はSにより変化する よって 任意のSを設定すれば◯は任意に決定できる)。

もう少し日常的なたとえに落としこんでみれば、傘は雨の日にさすためにありますが(X傘 S雨の日 ◯さす)、暴漢に襲われた際には振り回すなりどつくなりしても問題はなく(X傘 S暴漢 ◯どつく)、傘自体の使い方はその都度の状況によって決まる、傘の正しい使い方は状況によって左右される(X=(S1+◯1) or (S2+◯2))、ということになります。

 

こうした考え方によりかかってみれば、カナヅチなり傘なりの正しい使い方はない(Xは必ずAである 必要はない)、単に状況によって決まる(Aは状況Sによって決まる◯の1つでしかない)、ということになるでしょうか。

なんかそれでもいいような気もしますね。そりゃヘンな人に襲われているのに傘さしたってしょうがないですもの。どないせいっちゅうんじゃい、そんな時に、と言いたくもなります。

 

しかし、傘はそれでいいのですが、カナヅチではちょっと困ってしまいます。ゾンビなら別に叩いたってかまわないでしょうが、人を叩くものだと思われては困ります。危なっかしくていけません。ホームセンターでずらり並んでいるカナヅチを見ながら、どれが人を叩きやすいかな、なんて、ホラー映画ではないですか。そんな調子でぽこぽこカナヅチで人を叩くのは、それこそ映画かゲームの中だけにしといてください。

 

そうすると、やっぱりカナヅチの場合は人を叩くのは間違った使い方だ(XはBではない)、と捉えなければいけないことになります。単に状況がゆるせば人を叩いてもいいとは言えないわけです(XはS1においてBである が Bには問題がある)。なんなら逆算して人を叩くために状況を設定する悪人だっているだろうし(XをBとするためにS1とする)、出てくるかもしれません。そうなると困りますから、放っておくわけにもいきませんね。

もちろんゾンビに襲われれば叩いてもいいでしょう。それが現実に起こらないと説明してもかまいませんが、しかしゾンビでなくても熊に襲われたり、通り魔と直面したりということは九分九厘ないでしょうが、現実的に起こりえないこととして除外できません(状況S1 S2は起こりえる)。これらはフィクションやニュースでしか接することはなくとも、現実に起こりえることです。となるとカナヅチを人を叩く道具として意味づける可能性は潜在的にありえる、ということになります(S1+B S2+Bはありえる)。

 

しかしだからといってカナヅチを人を叩く道具だ、という可能性を、釘を打つのと同じ程度に持たれては困るのです(XはAである と XはBである は等価ではない)。カナヅチはカナヅチとして、釘を打つことこそ正しい使い方だと認めてもらわなければなりません(XはBである よりも XはAである べきである)。となると、やっぱり正しい使い方というものがあることになるのでしょうか(Xは必ずAである)。

 

どんどんわけがわからなくなっていきます。困りますねぇ。

 

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