日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

考えることと行動 〜炒飯作るぞ! でも…

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帰り道の道順を目的に沿って決めていくことは考えていることになるかもしれません。

 

さらにお店で材料を買い、さあ作ってみようかな、と台所に立ちました。とりあえずエプロンでも巻いて、まな板でも出しましょう。そして包丁でも握れば態勢としては万全です。なにも炒飯と限りません。この態勢からなんだって作れるぞ、とまなじりを決してみたくなります。でも今日は炒飯を作りましょうね。

 

冷蔵庫を開けると残りのお冷やご飯を取り出しました。スーパーの袋からはたまたま安かったので買ってきた玉ねぎとにんじんを取りだします。そうそう、ハムとネギも家にありましたね。冷蔵庫を開けるとたまごがあることにも気づきます。これも炒飯に入れてしまいましょうか。

 

このあたりは手順に従って動いた結果、気づいたことをその度に動いていることになります。その一つ一つについて考えているのかは、ちょっと疑問ですね。どちらかというと動いた時に気づいたことへと身体が反応しているような気もします。

 

ですがこれから炒飯を作ると決めて、そのために必要な材料と買わなくてはいけない食材を選んでいるのは一つの手順を自分で決めているわけで、やっぱり考えていることになるかもしれません。けれどもそれを実際に行うことはあまり考えていることとは関係ありませんね。そうではなく、考えて出された結果を実際に動いて行動しているわけです。

 

となると、まず考えがあって次に行動があることになります。

 

逆は可能でしょうか。

たとえば今の場合、なにも考えずにスーパーに行って玉ねぎとにんじんを買ってくるわけです。そんなこと当たり前にありそうです。

でも玉ねぎとにんじんを買っても炒飯を作るとは限らないかもしれません。だってカレーを食べたくなるかもしれない。となると同じ行動をしていても、最初に考えがある場合とない場合では結果が変わってきますね。ただ単にスーパーで玉ねぎとにんじんを買ってきても炒飯は作らないわけです。まず炒飯を作ろうと思ってスーパーに行ったから玉ねぎとにんじんは炒飯の材料になるわけです。

 

ですが炒飯を作ろうと思っていたのに、玉ねぎとにんじんが安かったもんだから作るものをカレーに変えることもあります。その時はお冷やご飯はレンジでチンにして、ハムやネギのことは忘れることでしょう。ここでは決めたことが変更されているわけですが、こうした変更も考えることの一環かもしれません。特にお冷やご飯の使い方が変わってしまっていますが、しかしもとにあるお冷やご飯は変わらないわけです。

 

そこにあるものは同じなのに、それをどうしようかな、と考えているこちらの都合で扱われ方が変わっていて、極端な言い方をすれば意味が変わってしまったことになります。

 

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原因と結果と意味 〜玉ねぎから炒飯、炒飯から玉ねぎ? - 日々是〆〆吟味

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思い浮かべることと、考えること 〜なに食べよっかなぁ、炒飯にしよっか! - 日々是〆〆吟味

 

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