日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

考えてみる

知られたものと知られていないもの 〜でも、それと中身は一緒じゃないかも

人が集まればまとめるために決定権を持つ人間が現れて政治が成り立つ、ととりあえず考えてみるとして、でもその一人だけでみんな決めてしまわれたら周りも困ることがあるよ、という異議申し立ても現れてくるんじゃないかな、とも考えてみました。そこでこう…

余所者との接触から現れてくるもの 〜決定と反発、そして政治

しかし余所者と出会うということは二重に考えられるかもしれません。一つは個々の人間が余所者と出会う場合。もう一つは自分たちの文化圏自体が余所者の文化圏と出会う場合。一つ目は柄谷行人が述べた他者で、二つ目はサミュエル・ハンチントンの文明の衝突…

余所者=外部と接触するということ 〜文化はこうして鍛えられる?

なんだか久しぶりだったためにあやふやな内容になってしまったような気もしますが、読み返してみると案外そのまま話を続けられそうな気もしましたので続けてみたいと思います(無理矢理)。 ユーラシア大陸にしか歴史(世界史?)が存在しないように見えてしまい…

偉い事と学びと拒絶 〜次の時代の日本の態度は…?

日本を偉いと思って何故悪い、と思われるかもしれません。別に偉いのはそれでいいのです。しかし偉いと思うことによって、他の利点を学ぶことを忘れてしまってはいけない、ということなのです。 中国が近代化に遅れヨーロッパに敗れてしまったのは、まさに中…

日本の偉さと原理原則 〜自己把握と基準による次の一手へ

そんなわけで私が日本の文化について書いていることは、加藤周一たちの述べていることを質を下げて水を薄めてお話ししているだけに過ぎないのですが、出来ればちゃんとそれぞれの本を目にしてくれたらなぁ、と、僭越ながら望んでいたりします。私の目的はそ…

世界を本質的に捉えるための数学 〜その始まりはどこにあり?(付:クライン『数学の文化史』/ユークリッド『ユークリッド原論』)

レヴィ=ストロースによって言葉のシステムが世界を本質的に捉えるために有効である事がわかりました。しかしこの場合の言葉は私たちが普段使っているような言葉というよりも、ソシュールが考えたようなシステムとしての言葉を応用したものです。言葉そのもの…

言葉と数学による本質的理解 〜レヴィ=ストロースの交叉イトコ婚の場合を参考にしてみよう!(付:橋爪大三郎『はじめての構造主義』/内田樹『寝ながら学べる構造主義』/レヴィ=ストロース『親族の基本構造』/フレイザー『金枝篇』)

さて、レヴィ=ストロースは文化人類学でしたから未開部族のもとにフィールドワークに出かけます。フィールドワークというのは調査者にとって未知の集団の中に入って一緒に生活し、外部者が内部から観察してその集団を分析するようなもの、だととりあえず思っ…

世界と本質的表現 〜世界って、どうやって本質的に捉えればいいんでしょうか(付:ソシュール『一般言語学講義』/レヴィ=ストロース『野生の思考』/山口昌男『二十世紀の知的冒険』)

さて、小説やエッセイ、論述(評論・論文)といった文芸の違いについて考えてきました。どちらかというと内容よりも視点や世界への態度によってわけられそうでしたね。そして小説やエッセイは視点人物(または書き手自身)によって世界を受け取ったままに表現し…

エッセイと小説・論述 〜エッセイは私が主人公の小説だ(ちょっとちゃうやろ…) (付:モンテーニュ『エセー』/パスカル『パンセ』)

ついでに小説とエッセイの違いについても少し考えてみましょうか。 小説と論述の違いは、世界に対する理解の仕方の違いだ、ととりあえず考えてみました。草原を前にしてその光景を描写するのが小説ならば、その植物相や風土を記述・分析するのが論述だ、とい…

創作と論述 〜周りの世界に対する表現の仕方が違うのだ。これでいいのだ。

創作は描写が入りますが、他の文芸ジャンルではまずありません。小説はレッシングによると時間的芸術で、小説の言葉は前から後、前から後、というふうに続いていきます。この関係が時間と同じなので小説は時間的芸術となるのかもしれません。 ではエッセイや…

言葉のジャンルの違い 〜小説、エッセイ、評論、論文…どこがどう違うんだろうか…(付 :小谷野敦『評論家入門』/マルサス『人口論』)

さて、別段小説の話がしたかったわけではないのですが、言葉がなにを表すのか、という問題からややこしく迷い込んでしまいました。 とりあえず小説が時間的芸術で言葉もまた前から後、前から後、と時間と同じように進んでいくということだけ今日はわかったこ…

言葉と視覚的世界 〜目に見えるものを言葉にすると世界は分断され置き換えられる?(付:バルザック『ゴリオ爺さん』/山口昌男『山口昌男コレクション』『山口昌男ラビリンス』)

言葉が対象と恣意的に結びついている、という関係を記号と呼びます。これ僕の、と名前を書いておくような姿を思い浮かべてもらえばいいかもしれません。名前というものがサインや印と一緒の働きをして、そうしたサインや印のことを記号と呼ぶわけですね。物…

言葉と意味づけ 〜言葉の意味は意味なく決まる⁉︎ (付:ソシュール『一般言語学講義』/丸山圭三郎『ソシュールの思想』『ソシュールを読む』)

言葉は何を表すのか、なんて、とても大変な問題です。私の頭だけでは無理なので、また偉い先生の言うことを参考にさせてもらいましょう。 ソシュールというとても偉い言語学者の方がいて、この方が言葉の意味づけについてとても面白い考え方をしました。 ソ…

言葉と現実 〜言葉って、本当に言いたいことを表しているのかしら(付:ベルクソン『時間と自由』)

またベルクソンという哲学者は時間というものは持続であると考えました。一般に理解されている時間は空間的に区切られたもの、つまり本来なら時間とは区切ることも出来ないずっと続いているものなのに、1秒とか1分とかわけていて理解している、それは空間を1…

言葉と時間 〜レッシングを参考にしてみよう!(付:レッシング『ラオコーン』/バルザック『ゴリオ爺さん』『従姉妹ベット』)

言葉が直線的ということは、言い換えると時間的に言葉は現われてくる、ということですね。 これは何も私の考えではありません。昔のドイツでレッシングという人が絵画と小説を比べて、互いにどう違う芸術であるかを述べた『ラオコーン』という有名な評論があ…

論理と直線性 〜って、ホンマかいな(付:時枝誠記『国語学原論』)

言葉は音だけではありません。単語だけでもありません。 では文はどうでしょう。今ここで書いているものであれば、〝。〟がつくまでの間が一つの文ということになるでしょうか。この文にある規則が文法になるのかもしれませんね。ここまでくると言葉として複…

言葉と規則、そして意味と論理 〜表したいことは順番に、かな?

コミュニケーションが成り立ちにくい理由は互いに違う規則を持っているからでした。そうした相手は他者として、同じ事柄でも違う意味として受け取ってしまうのです。その理由は一つの事柄を意味づけるのは文化的背景によるので、違う文化で染まった者同士で…

言葉の規則と文化の規則 〜人間と他者、っていう規則ですね(付:アリストテレス『政治学』)

言葉というものが人間の基本的な能力であることは疑えないと思います。アリストテレスは人間だけが言葉をもっている動物(大意)だと述べていますし、哲学的には大昔からそう捉えられている年季の入った考え方と言えそうですね。 https://www.andrew.ac.jp/sok…

権力と言葉 〜権力者も言葉によってしか命令できない、はず

言葉がまず音であり、規則をもっている。そしてその規則は母国語を話す限りお互いに無自覚な水準にまで理解している。 とりあえずここまで考えました。 人が物事を考える時、どうしても言葉に頼らなければならないということは、この複雑な規則を使うことが…

命令と論理と言葉 〜共通する規則、という事ですね

命令に対して従いながら命令内容を確認し直すことによって、距離を保つことと検証という重複した態度を持てることがわかりました。 ここで一旦命令に従おうとすることで、命令者を拒絶することなく距離が取れることになります。その上で確認し直すことによっ…

命令への恭順と検証 〜態度の二重化、でしょうか

命令に対して説明し直すことによって、相手の自覚を確認することが出来ました。これで命令から逃れることはできなくとも、少なくとも相手の責任につめよれる方法を一つ学んだことにはなります。 では、どうしてこのような真似が出来るのでしょうか。また理由…

命令に対して 〜でも理屈だけで実際には無理だろうけど…

命令の正体はよくわからないままですが、間違った命令というものはあり得そうです。ヒットラーによるユダヤ人抹殺は絶対悪として歴史に刻まれています。それをアイヒマンのように、命令だから、というだけで従うことは、それだけでも罪だとみなされたわけで…

命令と従うこと 〜その命令は正しいのでしょうか…(付:アーレント『エルサレムのアイヒマン』/フランクル『夜と霧』)

他者性を失うことによってコミュニケーションが成り立たなくなっていくことは納得がいきそうです。しかし、もしかしたら命令やら決められた規則(他者との間で異なる規則とは別ですよ。廊下は走るな、とかゴミはゴミ箱へ、みたいな共同の規則です)などは、こ…

他者性から生じる様々な問題 〜セクハラや虐待に忖度と命令もみ〜んな他者性の喪失だ⁉︎

セクハラの場合を通して、他者性の喪失を考えてみました。ある意味、自分たちの規則をどこにでも当てはめようとしていることが問題の原因といえそうでした(もちろん他の理由があってもいいですよ)。その中に相手のことをかまわず発言してみたり、身内ウケす…

他者性の喪失 〜セクハラの場合(付:セジウィック『男同士の絆』)

このような他者という問題を踏まえますと、どうしてコミュニケーションが難しいのかがよくわかります。端的に言えば、お互いの規則が違うからです。相手にこう言えば伝わるだろうということが、相手側には伝わらないわけです。 もう少し例を考えてみましょう…

他者という問題 〜日本人とアメリカ人が謝ったとしたら(付:柄谷行人『探究』)

コミュニケーションがいかにして可能となるか、を考えようとしましたが、その前に1つ考えておかなければならない問題がありました。 それが他者という問題です。 これはコミュニケーションが可能かという前に、なぜコミュニケーションが成り立たないか、と…

受け入れる側の信用問題 〜信じられれば聞いてられるさ

さて、では伝達される側の受け入れる態度とはどのようなものが考えられるでしょう。 1つめは伝達者の伝える内容を受け入れようとする、ということですね。これは相手を拒絶しない、ということですから、伝える側、受け入れる側どちらも共通する問題です。受…

伝える側の拒絶の問題 〜謙虚によく知ろう、かな

伝達の齟齬が生じる問題は、まず互いに相手の伝達内容に対して拒絶的であるからだ。 と、とりあえず考えられました。 これはごくごく当たり前のことでしょうから、すぐ納得がいきそうです。言う方も聞く方も、相手を受け入れる気がなければ話が通じなくても…

聞く態度と伝達の齟齬 〜コミュニケーションという問題

伝達の齟齬という問題を考えていると、論理の問題だけでなくコミュニケーションの問題とも関わってきそうです。 論理を伝達の問題とするならば、A(123456789)はTとSやU1とU2といった間柄であっても、その内容は一緒のはずです。伝達内容A(123456789)を誰かに…

伝わらない、相手の理由 〜頑なな理解者?

相手に伝達する時、相手側の理解が十分ではない、ということはあり得ます。 それは伝える人が伝達内容A(123456789)を相手に伝えようとしても、どうしてもA(1 45 89)としかならない場合です。 この時伝える側ではなんの落ち度もないと仮定します。つまり伝達…