日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

考えてみる

大衆に選ばれる者=指導者 〜私たち、という理由で選ばれる自らに多くを課さない指導者

大衆と選ばれる者 選ばれた少数者 〜貴族・エリート 私たち、という大衆 自らに自閉する大衆の思想 選ばれた大衆人 〜自らに多くを課さない指導者 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 カント『純粋理性批判』 ニュートン『プリンキピア』 吉…

大衆と対置される、少数者が自らに課す義務と要求 〜人目につく表現者と見えぬ人々

表現者における少数者と大衆の対比例 知らない世界と偉い人 熟知した世界と偉い人 偉い人の持つ明確な高水準と自らへの要求 目につかぬ世界で重要な席に座っている人の可能性 少数者と大衆の関係 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 次回/前…

都市の変化とアノミー 〜メディアも街も、絶え間なく変わっていく….

都市の変化とアノミー 集合表象とアノミー 変化し続けるメディア環境 変化し姿を変えていく街(=都市) 気になったら読んで欲しい本 パーク『実験室としての都市』 パーク他『都市』 マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』 マクルーハン『メディア論』 マク…

テクノロジーとメディアの発展による、集合表象の変化とアノミー 〜都市の大衆は間断なき集合表象の変化にさらされている?

メディアの発展と集合表象の変化 都市的大衆のアノミー化 交通と通信の、テクノロジーの発展 必要なものと化す、遠い地の情報 圧倒的な情報量と間断なき変化 メディアによる集合表象の安定と変動 〜共同体と都市の集合表象の在り方 気になったら読んで欲しい…

都市と大衆とメディアと集合表象 〜大衆社会の問題の前置き

都市と大衆と集合表象とメディア 都市定住の大衆 集合表象の不一致としてのアノミー 〜共同体から都市へ 集合表象とメディア 共通する社会のメカニズム 気になったら読んで欲しい本 デュルケーム『宗教生活の原初形態』 デュルケーム『自殺論』 マクルーハン…

大衆と人間の精神と社会 〜フロイトとデュルケームから考えてみる大衆

大衆と人間の精神と社会 近代的現象としての大衆 人間の精神と社会 フロイトやデュルケームから考えててみる大衆 気になったら読んで欲しい本 フロイト『精神分析学入門』 デュルケーム『宗教生活の原初形態』 デュルケーム『分類の未開形態』 デュルケーム…

権力の腐敗と末端的所属者の権力行使 〜権力者にぶら下がる小物、という権力腐敗の構図

権力への所属と末端的腐敗の原因 自己拡張としての所属 権力による自己拡張 代理的権力の行使という名目の、自己利益のための権力行使 〜すなわち権力の腐敗 権力の刷新 気になったら読んで欲しい本 『三国志』(漫画,演義,正史) マキャヴェリ『君主論』 カウ…

存在価値を大きくする思想的所属 〜二流論者(偽物)の出世としての意味と特徴

二流以下における思想的所属の価値 思想的立場の違いによる嫌悪感 出世の階段としての思想的グループ 小さな者を大きく見せるカラクリとしての所属 本来占められるべきでない人々によって占められた、責任ある場所 気になったら読んで欲しい本 立花隆,佐藤優…

思想の違いと相手への理解 〜一流は立場の異なる一流も受け入れる、かな

思想的立場の違いと理解 保守や左翼の共通点と相違点 〜社会批判と歴史的方向性 野村秋介と筑紫哲也 〜宮崎哲也の発言から 江藤淳と吉本隆明 〜意外な対談 一流同士の理解 〜相違点を踏まえて相手を受け入れる 気になったら読んで欲しい本 筑紫哲也『若き友…

空気を読むことと現代的なメディア状況 〜短く軽い制限とポストモダン

空気を読むこととメディア 伝播性と専門性 長大な情報源と簡潔な説明 短い表現と記号的差異化 共同体と想像的世界 気になったら読んで欲しい本 丸山眞男『現代政治の思想と行動』 丸山眞男『超国家主義の論理と心理』 島田紳助『自己プロデュース力』 ヘーゲ…

空気を読む、という日本特殊論の背景 〜中心と周縁の思想的自覚の差

日本特殊論とその背景 〜中心たるヨーロッパと周縁たる日本の自覚の差 近代化の原点としてのヨーロッパ 〜世界に行き渡るヨーロッパ的価値観 ヨーロッパが自らを語ること=普遍性の自覚 日本が自らを語ること=普遍性ではない特殊性の自覚 非ヨーロッパ圏とい…

空気を読むという、日本的現象の社会/歴史的原因 〜情緒的文化圏、無階級社会、近代的大衆社会

空気を読むという、日本的現象の社会/歴史的背景 ヨーロッパの論理的文化圏と、日本の情緒的文化圏 ヨーロッパの階級と日本の無階級 近代化にともなう人間の大移動 〜大衆の問題 気になったら読んで欲しい本 ウェーバー『音楽社会学』 中島義道『ウィーン愛…

空気を読むことと専門性と伝播性 〜果たして空気を読むことに対抗できるのか

空気を読むことに対抗できるのか 空気を読むことと非専門性 空気を読むことを批判することまでが、空気の中に絡めとられる 空気に対抗すべき原典の思考 気になったら読んで欲しい本 丸山眞男『現代政治の思想と行動』 丸山眞男『超国家主義の論理と心理』 ヘ…

空気を読むことと科学的根拠 〜自然科学における科学的根拠と、人文・社会科学

空気を読むことの科学的根拠 丸山眞男の世界的評価 科学的根拠とはどのようなものだろうか 科学的根拠その1 〜観察・実験・再現性、そして仮説と法則 自然科学的手法の人文・社会科学への適用と挫折 科学的根拠その2 〜反証可能性 丸山眞男の分析と実証性 学…

TVと政治家。商品からズレていくイメージ化の働き 〜政治も、社会的発言も、イメージ化されていく…

社会全体のイメージ化 〜政治までもイメージ化された 経済システムと消費社会 TVと政治家 政治家自らの広告/物語化戦略=イメージ化 気になったら読んで欲しい本 久米宏『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』 島田紳助『いつも心に紳助…

新旧『ガンダム』に描かれた遠い国の戦争と、フィクションの中の戦争 〜具体性からパターン化による安心

キャラ化=イメージ化した戦争とは 戦争の具体性とイメージ 富野由悠季の具体性 キャラ的キャラクターの悲惨な戦争 具体的な戦争からパターン化された戦争像へ 我が事から他人事へ 富野由悠季の『機動戦士ガンダムSEED』への発言例 気になったら触れて欲しい…

『ガンダム』における人物像の実存からキャラへの変化 〜その時代背景との影響関係?

『ガンダム』における実存とキャラクター 私小説的キャラクターの実存性 実存的キャラクターの社会的背景 〜60年代の学生運動 学生運動後と『機動戦士ガンダム』 情報化社会とイメージの実体化 内面のリアリティ 〜実存からキャラへ、似姿から願望へ…? 気に…

消費喚起のための性的イメージ 〜広告と芸能界の蜜月関係

商品が商品として、つまりその物自体の品質を判断して買われるのではなく、広告によって生み出された付随するイメージによって買われるとしたら、そのイメージはどのようなものでしょうか。 もっとも多用されるのは性的なイメージだといいます。 性的なイメ…

消費のための宣伝、広告 〜マスメディアと触れる人々

物が国中にいきわたりますと、必要なものがなくなってきます。しかし資本主義というシステムは商品を生産し続けなければなりません。ですがもう放っておいても人は物を買いません。既に必要なものは持っているからです。 かといって座視したまま商品を生産し…

知られたものと知られていないもの 〜でも、それと中身は一緒じゃないかも

人が集まればまとめるために決定権を持つ人間が現れて政治が成り立つ、ととりあえず考えてみるとして、でもその一人だけでみんな決めてしまわれたら周りも困ることがあるよ、という異議申し立ても現れてくるんじゃないかな、とも考えてみました。そこでこう…

余所者との接触から現れてくるもの 〜決定と反発、そして政治

しかし余所者と出会うということは二重に考えられるかもしれません。一つは個々の人間が余所者と出会う場合。もう一つは自分たちの文化圏自体が余所者の文化圏と出会う場合。一つ目は柄谷行人が述べた他者で、二つ目はサミュエル・ハンチントンの文明の衝突…

余所者=外部と接触するということ 〜文化はこうして鍛えられる?

なんだか久しぶりだったためにあやふやな内容になってしまったような気もしますが、読み返してみると案外そのまま話を続けられそうな気もしましたので続けてみたいと思います(無理矢理)。 ユーラシア大陸にしか歴史(世界史?)が存在しないように見えてしまい…

偉い事と学びと拒絶 〜次の時代の日本の態度は…?

日本を偉いと思って何故悪い、と思われるかもしれません。別に偉いのはそれでいいのです。しかし偉いと思うことによって、他の利点を学ぶことを忘れてしまってはいけない、ということなのです。 中国が近代化に遅れヨーロッパに敗れてしまったのは、まさに中…

日本の偉さと原理原則 〜自己把握と基準による次の一手へ

そんなわけで私が日本の文化について書いていることは、加藤周一たちの述べていることを質を下げて水を薄めてお話ししているだけに過ぎないのですが、出来ればちゃんとそれぞれの本を目にしてくれたらなぁ、と、僭越ながら望んでいたりします。私の目的はそ…

世界を本質的に捉えるための数学 〜その始まりはどこにあり?(付:クライン『数学の文化史』/ユークリッド『ユークリッド原論』)

レヴィ=ストロースによって言葉のシステムが世界を本質的に捉えるために有効である事がわかりました。しかしこの場合の言葉は私たちが普段使っているような言葉というよりも、ソシュールが考えたようなシステムとしての言葉を応用したものです。言葉そのもの…

言葉と数学による本質的理解 〜レヴィ=ストロースの交叉イトコ婚の場合を参考にしてみよう!(付:橋爪大三郎『はじめての構造主義』/内田樹『寝ながら学べる構造主義』/レヴィ=ストロース『親族の基本構造』/フレイザー『金枝篇』)

さて、レヴィ=ストロースは文化人類学でしたから未開部族のもとにフィールドワークに出かけます。フィールドワークというのは調査者にとって未知の集団の中に入って一緒に生活し、外部者が内部から観察してその集団を分析するようなもの、だととりあえず思っ…

世界と本質的表現 〜世界って、どうやって本質的に捉えればいいんでしょうか(付:ソシュール『一般言語学講義』/レヴィ=ストロース『野生の思考』/山口昌男『二十世紀の知的冒険』)

さて、小説やエッセイ、論述(評論・論文)といった文芸の違いについて考えてきました。どちらかというと内容よりも視点や世界への態度によってわけられそうでしたね。そして小説やエッセイは視点人物(または書き手自身)によって世界を受け取ったままに表現し…

エッセイと小説・論述 〜エッセイは私が主人公の小説だ(ちょっとちゃうやろ…) (付:モンテーニュ『エセー』/パスカル『パンセ』)

ついでに小説とエッセイの違いについても少し考えてみましょうか。 小説と論述の違いは、世界に対する理解の仕方の違いだ、ととりあえず考えてみました。草原を前にしてその光景を描写するのが小説ならば、その植物相や風土を記述・分析するのが論述だ、とい…

創作と論述 〜周りの世界に対する表現の仕方が違うのだ。これでいいのだ。

創作は描写が入りますが、他の文芸ジャンルではまずありません。小説はレッシングによると時間的芸術で、小説の言葉は前から後、前から後、というふうに続いていきます。この関係が時間と同じなので小説は時間的芸術となるのかもしれません。 ではエッセイや…

言葉のジャンルの違い 〜小説、エッセイ、評論、論文…どこがどう違うんだろうか…(付 :小谷野敦『評論家入門』/マルサス『人口論』)

さて、別段小説の話がしたかったわけではないのですが、言葉がなにを表すのか、という問題からややこしく迷い込んでしまいました。 とりあえず小説が時間的芸術で言葉もまた前から後、前から後、と時間と同じように進んでいくということだけ今日はわかったこ…