日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

哲学

空間の数学化 〜物質以外は空間を占めない。ので神は追い出された

デカルトによって自然世界における物は物、と認められるようになりましたが、それは自然世界を神の創造物としてではなく空間に存在しているだけの物として捉えたからでした。同じ空間の中にはひとつの物しか存在できず、そこに他の物は入り込む余地はなくな…

神の被造物からただの物 〜自然観の転換

ではデカルト以前の自然世界はどのように捉えられていたのでしょうか。 神によって世界は説明されていた、と前回書きましたが、キリスト教にはそもそも有名な神話がありますね。聖書に書かれている、神が7日で世界を想像した、というものです。ここから発し…

近代の数学的世界と中世の神学的世界 〜自然ってなんなのだ、というところから始まってると思います

数学化こそが世界の正しい認識だ、とデカルト以降は思っています。ちょっと前にも似たようなこと書きましたので一応載せておきますね。 世界を本質的に捉えるための数学 〜その始まりはどこにあり?(付:クライン『数学の文化史』/ユークリッド『ユークリッド…

『方法序説』の考える方法 〜デカルト曰く、これですべて考えつくせる、とのことです

デカルトは正しいことをどのように考えたのでしょうか。とりあえずヒントは『方法序説』というタイトルにもあります。方法序説って、一体なんの方法なのでしょうか。それは考える方法なのでした。 デカルトはあらゆるものを疑えると言い、確かなものは疑って…

社会から与えられる認識と疑う態度 〜どちらも間違ってないのかな

デカルトが疑ったものには世の中の通念もありました。確かに世の中にまかり通っているウソというものはあるかと思います。またウソではないけど間違っていた、ということもあります。たとえば医学知識が変わって、かつて悪いとされていたものが良い、なんて…

疑うべきものとしての社会認識 〜4つのイドラと世の中

デカルトはあらゆるものを疑いましたが、その中には当然自分たちが常識と思っているものも含まれていました。デカルトと共に近代(もしくは近世)哲学の祖と言われるフランシス・ベーコンという人がいますが、この人は物事を正しく認識するためには避けなけれ…

自我の発見と個別化される人間 〜デカルトの疑問と共に

デカルト以前は人間の認識能力も神から与えられていました。何故なら神はすべての創造主なので、人間の諸能力も神によって作られているからです。それをデカルトは人間の中に変更しました。その根拠が我、すなわち自我というわけですね。 ですが何故このよう…

デカルトによる認識の転換 〜神から人間へ

デカルトといえば『方法序説』なのですが、この『方法序説』の冒頭には面白いことが書いてあります。曰く、良識は万人に与えられている。この良識とはなんじゃらほい、と注を見てみますと、理性と同じ、と書いてあります。では理性とはなんぞや、といいます…

社会からの認識の問題と、それに対する自我 〜まずはデカルト

デュルケームの言う通り人間の認識が社会(集合表象)から与えられるのだとすれば、色々と問題が出てきそうです。社会(もしくは世の中と言った方がいいのかな)から価値観を与えられて正しいものだと思っていても、間違っているということなどしょっちゅうあり…

世界と本質的表現 〜世界って、どうやって本質的に捉えればいいんでしょうか(付:ソシュール『一般言語学講義』/レヴィ=ストロース『野生の思考』/山口昌男『二十世紀の知的冒険』)

さて、小説やエッセイ、論述(評論・論文)といった文芸の違いについて考えてきました。どちらかというと内容よりも視点や世界への態度によってわけられそうでしたね。そして小説やエッセイは視点人物(または書き手自身)によって世界を受け取ったままに表現し…

言葉と現実 〜言葉って、本当に言いたいことを表しているのかしら(付:ベルクソン『時間と自由』)

またベルクソンという哲学者は時間というものは持続であると考えました。一般に理解されている時間は空間的に区切られたもの、つまり本来なら時間とは区切ることも出来ないずっと続いているものなのに、1秒とか1分とかわけていて理解している、それは空間を1…

言葉の規則と文化の規則 〜人間と他者、っていう規則ですね(付:アリストテレス『政治学』)

言葉というものが人間の基本的な能力であることは疑えないと思います。アリストテレスは人間だけが言葉をもっている動物(大意)だと述べていますし、哲学的には大昔からそう捉えられている年季の入った考え方と言えそうですね。 https://www.andrew.ac.jp/sok…

他者という問題 〜日本人とアメリカ人が謝ったとしたら(付:柄谷行人『探究』)

コミュニケーションがいかにして可能となるか、を考えようとしましたが、その前に1つ考えておかなければならない問題がありました。 それが他者という問題です。 これはコミュニケーションが可能かという前に、なぜコミュニケーションが成り立たないか、と…

ゼノンのパラドックスの重要性 〜あってるのに間違ってる⁉︎

アキレスと亀のパラドックスを考案したゼノン先生ですが、なぜこのような問題が重要なのでしょうか。 それは色々理由があるのですが、とりあえずここでは私たちが考えた問題と関係のありそうなところを取り上げてみましょうね。 アキレスは亀を抜かせないと…

アキレスと亀 〜いくら足が速くても亀を抜けない?

玉ねぎの使い方が無数にあるのではなく、玉ねぎの使い方は料理にあるのであって、料理のバリエーションが無数にある、ということになりました。つまり玉ねぎの使い方は作った人にとって一つなわけです。 考えてみれば当たり前のことですね。でも案外関係のな…