日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

哲学

大衆と連なる科学者(専門家)の苦悩と皮肉 〜19世紀までの認識

科学者(専門家)の苦悩と皮肉 ミミズの頭と専門家 【ニーチェ『ツァラトストラかく語りき』】 生涯を賭けた結果と、他の可能性 【小林秀雄初期文芸論集】 【ヘーゲル『精神現象学』】 科学者自身の自己認識 【エンゲルス『反デューリング論』】 【オルテガ『…

大衆と慢心しきったおぼっちゃんと地方のお殿様と政治 〜世襲と慢心

慢心しきったおぼっちゃんとしての大衆と、地方のお殿様としての政治家 お殿様としての現代政治家 〜柄谷行人の意見 おぼっちゃんとお殿様と政治 〜慢心はあるかないか 気になったら読んで欲しい本 柄谷行人『政治と思想』 ミヘルス『政党政治の社会学』 オ…

大衆と幼児的支配 〜あたかも子供が支配しているようだ、ということらしい

大衆と幼児的支配 子供らしい特徴としての大衆 大人であっても子供らしい特徴のままの大衆 幼児支配的な大衆支配 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 次回/前回の内容 次回の内容 大衆と慢心しきったおぼっちゃんと地方のお殿様と政治 〜世…

大衆が持つ、目の前の世界/社会を当たり前とみなす享受的態度 〜世界/社会の維持に労力を払わない

当たり前の世界/社会と、食い尽くす大衆 当たり前のものとしての世界/社会 不断の努力による建設と維持 目に見えない社会の背景と、享受するだけの大衆 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 次回/前回の内容 次回の内容 大衆と幼児的支配 〜…

大衆に選ばれる者=指導者 〜私たち、という理由で選ばれる自らに多くを課さない指導者

大衆と選ばれる者 選ばれた少数者 〜貴族・エリート 私たち、という大衆 自らに自閉する大衆の思想 選ばれた大衆人 〜自らに多くを課さない指導者 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 カント『純粋理性批判』 ニュートン『プリンキピア』 吉…

大衆と対置される、少数者が自らに課す義務と要求 〜人目につく表現者と見えぬ人々

表現者における少数者と大衆の対比例 知らない世界と偉い人 熟知した世界と偉い人 偉い人の持つ明確な高水準と自らへの要求 目につかぬ世界で重要な席に座っている人の可能性 少数者と大衆の関係 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 次回/前…

世に満ちた大衆と埋没される少数者 〜オルテガ『大衆の反逆』話始め

大衆という問題のはじまり 近代的現象としてのアノミーと大衆 〜都市への大移動の結果 オルテガの『大衆の反逆』 大衆という問題 〜自らに責務を持たない大勢の人々 気になったら読んで欲しい本 オルテガ『大衆の反逆』 デュルケーム『自殺論』 次回/前回の…

社会進化論と弱肉強食 〜自然から社会へ? もしくはスペンサーの社会的ダーウィニズム

スペンサーと社会進化論 イギリスと功利主義と経済学と社会進化論(みな弱肉強食?) ダーウィニズム 社会的ダーウィニズム スペンサーの影響力 気になったら読んで欲しい本 ダーウィン『種の起源』 スペンサー『ハーバート・スペンサー コレクション』 カーネ…

社会契約と功利主義 〜社会を運営するための2つの考え方/理論

社会契約と功利主義 ベンサムの生理的と思える功利主義 社会の中心の措定 〜個人か個人を越えるものか 経済学と功利主義 〜神の見えざる手と個人の自由 気になったら読んで欲しい本 『世界の名著 ベンサム/J.S.ミル』 土屋恵一郎『怪物ベンサム』 ルソー『社…

政治の在り方と民主主義 〜神/天から人、人格から能力、本音から建前

近代以前からの政治原理の移り変わり 為政者自信をつっつく 〜道徳 人格より実力 〜マキャヴェリズム 人の手による政治 〜民主主義と選挙 みんなの意見 〜社会契約 気になったら読んで欲しい本 丸山眞男『日本政治思想史研究』 マキャヴェリ『君主論』 ルソ…

空間の数学化 〜物質以外は空間を占めない。ので神は追い出された

デカルトによって自然世界における物は物、と認められるようになりましたが、それは自然世界を神の創造物としてではなく空間に存在しているだけの物として捉えたからでした。同じ空間の中にはひとつの物しか存在できず、そこに他の物は入り込む余地はなくな…

神の被造物からただの物 〜自然観の転換

ではデカルト以前の自然世界はどのように捉えられていたのでしょうか。 神によって世界は説明されていた、と前回書きましたが、キリスト教にはそもそも有名な神話がありますね。聖書に書かれている、神が7日で世界を想像した、というものです。ここから発し…

近代の数学的世界と中世の神学的世界 〜自然ってなんなのだ、というところから始まってると思います

数学化こそが世界の正しい認識だ、とデカルト以降は思っています。ちょっと前にも似たようなこと書きましたので一応載せておきますね。 世界を本質的に捉えるための数学 〜その始まりはどこにあり?(付:クライン『数学の文化史』/ユークリッド『ユークリッド…

『方法序説』の考える方法 〜デカルト曰く、これですべて考えつくせる、とのことです

デカルトは正しいことをどのように考えたのでしょうか。とりあえずヒントは『方法序説』というタイトルにもあります。方法序説って、一体なんの方法なのでしょうか。それは考える方法なのでした。 デカルトはあらゆるものを疑えると言い、確かなものは疑って…

社会から与えられる認識と疑う態度 〜どちらも間違ってないのかな

デカルトが疑ったものには世の中の通念もありました。確かに世の中にまかり通っているウソというものはあるかと思います。またウソではないけど間違っていた、ということもあります。たとえば医学知識が変わって、かつて悪いとされていたものが良い、なんて…

疑うべきものとしての社会認識 〜4つのイドラと世の中

デカルトはあらゆるものを疑いましたが、その中には当然自分たちが常識と思っているものも含まれていました。デカルトと共に近代(もしくは近世)哲学の祖と言われるフランシス・ベーコンという人がいますが、この人は物事を正しく認識するためには避けなけれ…

自我の発見と個別化される人間 〜デカルトの疑問と共に

デカルト以前は人間の認識能力も神から与えられていました。何故なら神はすべての創造主なので、人間の諸能力も神によって作られているからです。それをデカルトは人間の中に変更しました。その根拠が我、すなわち自我というわけですね。 ですが何故このよう…

デカルトによる認識の転換 〜神から人間へ

デカルトといえば『方法序説』なのですが、この『方法序説』の冒頭には面白いことが書いてあります。曰く、良識は万人に与えられている。この良識とはなんじゃらほい、と注を見てみますと、理性と同じ、と書いてあります。では理性とはなんぞや、といいます…

社会からの認識の問題と、それに対する自我 〜まずはデカルト

デュルケームの言う通り人間の認識が社会(集合表象)から与えられるのだとすれば、色々と問題が出てきそうです。社会(もしくは世の中と言った方がいいのかな)から価値観を与えられて正しいものだと思っていても、間違っているということなどしょっちゅうあり…

世界と本質的表現 〜世界って、どうやって本質的に捉えればいいんでしょうか(付:ソシュール『一般言語学講義』/レヴィ=ストロース『野生の思考』/山口昌男『二十世紀の知的冒険』)

さて、小説やエッセイ、論述(評論・論文)といった文芸の違いについて考えてきました。どちらかというと内容よりも視点や世界への態度によってわけられそうでしたね。そして小説やエッセイは視点人物(または書き手自身)によって世界を受け取ったままに表現し…

言葉と現実 〜言葉って、本当に言いたいことを表しているのかしら(付:ベルクソン『時間と自由』)

またベルクソンという哲学者は時間というものは持続であると考えました。一般に理解されている時間は空間的に区切られたもの、つまり本来なら時間とは区切ることも出来ないずっと続いているものなのに、1秒とか1分とかわけていて理解している、それは空間を1…

言葉の規則と文化の規則 〜人間と他者、っていう規則ですね(付:アリストテレス『政治学』)

言葉というものが人間の基本的な能力であることは疑えないと思います。アリストテレスは人間だけが言葉をもっている動物(大意)だと述べていますし、哲学的には大昔からそう捉えられている年季の入った考え方と言えそうですね。 https://www.andrew.ac.jp/sok…

他者という問題 〜日本人とアメリカ人が謝ったとしたら(付:柄谷行人『探究』)

コミュニケーションがいかにして可能となるか、を考えようとしましたが、その前に1つ考えておかなければならない問題がありました。 それが他者という問題です。 これはコミュニケーションが可能かという前に、なぜコミュニケーションが成り立たないか、と…

ゼノンのパラドックスの重要性 〜あってるのに間違ってる⁉︎

アキレスと亀のパラドックスを考案したゼノン先生ですが、なぜこのような問題が重要なのでしょうか。 それは色々理由があるのですが、とりあえずここでは私たちが考えた問題と関係のありそうなところを取り上げてみましょうね。 アキレスは亀を抜かせないと…

アキレスと亀 〜いくら足が速くても亀を抜けない?

玉ねぎの使い方が無数にあるのではなく、玉ねぎの使い方は料理にあるのであって、料理のバリエーションが無数にある、ということになりました。つまり玉ねぎの使い方は作った人にとって一つなわけです。 考えてみれば当たり前のことですね。でも案外関係のな…