日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

人の話

エートスによって機能する資本主義 〜日本は武士にエートスがあったとさ

こうしてプロテスタンティズム倫理は資本主義の精神となっていくのですが、ウェーバーはこれをエートスと呼びました。 エートスとはどのようなものか、というと、ちょっと私の説明では心配ですね。とりあえずちゃんと説明されているものを載せておきます。 …

遊ぶための金儲けと目的としての労働 〜働き者はいいことだ

資本主義が基本的に金儲け主義で遊んで暮らしたいから金が欲しい、というものだったとすれば、それと異なるものとしてウェーバーのいう近代資本主義はどう違うのでしょうか。今だってそんな変わっとらんじゃないか、と思ってしまいますね。 しかしウェーバー…

動機の宗教性 〜ウェーバーの宗教社会学のはじまり

ニュートンが科学を生んだ動機は宗教的なものでした。一見して水と油のこの関係。よく考えなくても不思議な気がしますね。なんで合理的なものの塊のような科学が宗教から生まれたのでしょう。 そりゃ宗教といっても宗教そのものから科学が生まれたわけではあ…

神の意図を究明するための自然世界 〜ニュートンの目的

ところでデカルト以前の自然観は神によって説明されていました。旧約聖書にある天地創造から、世界のすべてが神の手によって作られたので、自然世界もまた神によって作られている、というわけですね。そのためこの世界には神の意図があり、それに従って作ら…

『方法序説』の考える方法 〜デカルト曰く、これですべて考えつくせる、とのことです

デカルトは正しいことをどのように考えたのでしょうか。とりあえずヒントは『方法序説』というタイトルにもあります。方法序説って、一体なんの方法なのでしょうか。それは考える方法なのでした。 デカルトはあらゆるものを疑えると言い、確かなものは疑って…

社会から与えられる認識と疑う態度 〜どちらも間違ってないのかな

デカルトが疑ったものには世の中の通念もありました。確かに世の中にまかり通っているウソというものはあるかと思います。またウソではないけど間違っていた、ということもあります。たとえば医学知識が変わって、かつて悪いとされていたものが良い、なんて…

疑うべきものとしての社会認識 〜4つのイドラと世の中

デカルトはあらゆるものを疑いましたが、その中には当然自分たちが常識と思っているものも含まれていました。デカルトと共に近代(もしくは近世)哲学の祖と言われるフランシス・ベーコンという人がいますが、この人は物事を正しく認識するためには避けなけれ…

自我の発見と個別化される人間 〜デカルトの疑問と共に

デカルト以前は人間の認識能力も神から与えられていました。何故なら神はすべての創造主なので、人間の諸能力も神によって作られているからです。それをデカルトは人間の中に変更しました。その根拠が我、すなわち自我というわけですね。 ですが何故このよう…

デカルトによる認識の転換 〜神から人間へ

デカルトといえば『方法序説』なのですが、この『方法序説』の冒頭には面白いことが書いてあります。曰く、良識は万人に与えられている。この良識とはなんじゃらほい、と注を見てみますと、理性と同じ、と書いてあります。では理性とはなんぞや、といいます…

『海のトリトン』のピピ 〜子ども向けアニメに組み込まれた男女の姿

おもちゃ会社がスポンサーとなる子ども向けのロボットアニメ。しかし子どもに見せるものを子供騙しのようなものですませるのは失礼だ。こう考えた富野由悠季は、自分が監督を任された作品で数々の挑戦を始めました。それは『ガンダム』だけではありません。 …

手塚治虫の危機とキャラクタービジネス 〜グッズ展開がないとやりくりも出来ないんですぅ〜

手塚治虫の名(迷?)言の一つに、漫画は本妻アニメは愛人、というものがあります。今なら怒られそうなセリフですが、当時の社会風潮を踏まえての自虐的な発言だったのでしょう。とにかくお金がかかって、漫画で稼いだ分で補填どころかつぎ込んでも、まだ足りま…

原稿、締め切り、逃亡、執筆 〜手塚治虫あれこれ

ちなみに手塚治虫は締め切りをよく破りました。それどころか締め切りを破ること自体を楽しんでいたそうです。いかにして原稿を取りに来る編集者を煙に巻くか、遊んでいたといいます。ちょっとトイレ、と言って目を離したら消えている、とか、原稿をあげる順…

アシスタントと週刊連載 〜手塚治虫が残したもの

このまま日本の文化についてもう少しお話しようかと思ったのですが、ちょっと手塚治虫が残した様々な影響について、いくつかお話してみようかと思います。思い出したうちに書いておかないと、また違うこと書いて忘れてしまいますからね。 日本のアニメ体制が…

手塚治虫と日本のアニメとその体制 〜人も金も機材もない工夫

アニメーションの原理はパラパラ漫画と変わりません。1枚1枚の絵を連続で映すことによって動いているように見える、というものです。これはなにもアニメーションだけに限らず映画でも同じです。今はデジタル化されて変わってしまいましたが、フィルムの時代…

ディズニーと手塚治虫と日本のアニメ 〜ひとつのアメリカ文化に憧れた日本人

今や日本の文化と喧伝されるアニメや漫画も、いわば戦後のアメリカ文化の受容から生まれてきました。 アニメも漫画も日本では誰が開祖かは、多分みな知っているのではないでしょうか。そう、手塚治虫です。手塚治虫は正真正銘の天才で、歴史的な水準の表現者…

福沢諭吉の外国語習得の様子 〜明治日本の立派な姿

渡部昇一が模範としたような文法の水準からの外国語理解、というものはどのようなものでしょうか。実はこれもちゃんと昔の本に書かれていたりします。 それはかの有名な福沢諭吉の自伝にあります。福沢諭吉は幕末に日本の外に中国やインドを越えた、未知の世…

英語(外国語)習得と日本 〜渡部昇一の意見を参考にしてみよう!

『大漢和辞典』のお話をしましたが、昔の日本人は偉かった、なんて言うと、ちょっと昨今の様子では肩身が狭いかもしれません。その前日にも加藤周一の『日本文学史序説』のお話を少ししましたが、左翼の超大物である加藤周一だけでは偏っていると思われても…

ゼノンのパラドックスの重要性 〜あってるのに間違ってる⁉︎

アキレスと亀のパラドックスを考案したゼノン先生ですが、なぜこのような問題が重要なのでしょうか。 それは色々理由があるのですが、とりあえずここでは私たちが考えた問題と関係のありそうなところを取り上げてみましょうね。 アキレスは亀を抜かせないと…

アキレスと亀 〜いくら足が速くても亀を抜けない?

玉ねぎの使い方が無数にあるのではなく、玉ねぎの使い方は料理にあるのであって、料理のバリエーションが無数にある、ということになりました。つまり玉ねぎの使い方は作った人にとって一つなわけです。 考えてみれば当たり前のことですね。でも案外関係のな…